祝!

鹿実、大阪朝鮮など8強=青森山田、国見は敗退-高校サッカー

http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/hs/headlines/20060103-00000029-jij-spo.html

 第84回全国高校サッカー選手権第4日は3日、千葉・市原臨海競技場などで3回戦8試合が行われ、連覇を狙う鹿児島実(鹿児島)、大阪朝鮮(大阪)などが8強入りした。
 鹿児島実は徳島商(徳島)に5-0で圧勝。大阪朝鮮は過去6度優勝の国見(長崎)を1-0で下し、大阪勢として21大会ぶりに準々決勝進出。多々良学園(山口)は高校総体覇者の青森山田(青森)を3-2で退け、滝川二(兵庫)は大津(熊本)を破った。
 遠野(岩手)は5大会ぶり、野洲(滋賀)は3大会ぶり、広島観音(広島)と鹿島学園(茨城)は初の8強入り。5日の準々決勝は、鹿児島実-滝川二、遠野-広島観音、大阪朝鮮-野洲、鹿島学園-多々良学園の対戦となった。 

[ 時事通信 2006年1月3日 18:00 ]



いぃよっっっっしゃあぁあああああああああぁあ!
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# by krj2005 | 2006-01-03 21:53 | 在日コリアン

見るに見かねるものがある。

現在韓国を騒がせている、黄禹錫教授のクローン胚研究に関する倫理的問題だが、黄教授が研究職以外の公職、民間職の一切を辞退してから、騒ぎがいっそうの加熱を見せている。

この問題に関するいくつかのニュース報道を抜き出してみる。


MBC『PD手帳』、全てのCMを中断
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=70103&servcode=400§code=400

「黄教授処罰される」…『PD手帳』が圧迫していた?
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=70087&servcode=400§code=400

<黄禹錫教授謝罪>国際社会は受け入れるか
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=70006&servcode=400§code=400

盧大統領「批判を容認しない画一主義が心配」
http://japanese.joins.com/article/article.php?aid=70065&servcode=200§code=200

韓国MBC報道にネットで批判沸騰 クローン胚研究問題
http://www.sankei.co.jp/news/051128/kok061.htm


私自身はクローン研究の是非や倫理的問題にはそれほど関心がない。むしろ韓国世論の動向が心配である。
黄教授を擁護したいのなら、教授の研究活動に支障が無く、依然として国際的水準の研究を保てるような、純粋な意味での支援活動に徹すればいい。スキャンダルを報道したMBCを攻撃するのは全くの筋違いであるし、言論の自由を侵害する行為だ。

国益を追求することと国粋に走ることは、似て非なるものである。韓国世論に反省と冷静な対応を望みたい。
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# by krj2005 | 2005-11-28 22:45 | 国際情勢

いつの時代も。


コリアン・ザ・サードさんのところに面白いコメントが寄せられていたようだ。

以下はそのコメントを元にコリアン・ザ・サードさんが書かれたエントリから引用。

南も北もハッキリ言っておかしな国。
その民族性も政治も世界中から批判されている。
そんな中、日本とそのおかしな国とが戦争をしない
という保障は有りません。(昨今の情勢では特に)
戦争が起きたとして、相手国を倒す・負かすの
覚悟が無ければ、どこの国の人であれ、日本への
帰化は迷惑千万な話であり、許し難い行為です。
これは世界各国共通の認識です。

このサイトの在日南朝鮮人の管理人さんは、その
覚悟がある上での日本への"帰化申請準備中"なので
しょうか?


このコメントを見て、自分はいつか読んだ新聞の投書欄を思い出した。

と、言っても百年以上前の読売新聞に載せられた投書だが。

引用してみよう。


朝鮮を伐つといひ伐つなといひ、皆さん銘々に心配なさる様子だが、いよいよ伐つと決まったときは、お国のために皆さん何とか目当てをつけて工夫なさるがどうでござりまそ。国中の気が合って伐てばよいが、今のやうに伐つといふ人と伐つなといふ人と有っては、伐たぬ時には伐てといった人が不平といひますやうし、伐つ時には伐つなといった人が不平をいいますやう。それでは国中の一致はできますまい、一致もなかれば勝つことは中々できますまい、此一致するといふことが何につけても大事だと思ひます。皆さんはどう思召まそう
                                 谷中眞樹忠時


ちなみにこれは、1875年の江華島条約締結直前の時期、読売新聞に載せられた投書である。
江華島事件は日本による朝鮮侵略のきっかけとなった事件であり、日本が(欧米列強にならって)本格的に対外膨張政策を取り始めた時期でもあった。
日本国内の世論も、やはりこうした歴史的契機に際して盛り上がっていたようで、読売新聞はいちいち広告を出してこの時期の日本外交に関する投書を「特集」している。

しかしまあ、130年の時を隔てて、なお上記の二つの意見の似ていることと言ったらない。
(※在日コリアンに対する意見と、日本人に対する意見という違いはあるが)

コリアン・ザ・サードさんのところに寄せられたコメントによれば、こうした認識は世界各国共通の認識のようだが、それが正しいかどうかについて、私は確認する手段も調べる時間も持たない(面白そうなのでそのうち調べてみたくはある)。


ただ少なくとも言えることは、日本では今も130年前も、「国事」のときには「国中の一致」がなによりも尊ばれるようだ。
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# by krj2005 | 2005-08-31 09:41 | 在日コリアン

民族文化の価値とやら。


日本の文化の祖は高句麗、だから朝鮮人も偉い


これは全くその通りだと思う。

朝鮮新報は我が家でも定期的に購読しているけれど、文化論などについてのこういう「朝鮮→日本伝搬」的な書き方は、別に朝鮮新報に限ったことではなく、総連系の出版社から出ている教科書などでも、やはりそうである。

mumurさんがこういう書き方を「偉そうで押しつけがましい」と思うのは素直に理解できる。

自分は民族教育を受けてきたことをたいへんに有り難いし、自分の人生を豊かにしてくれたと思っているけれど、子供の頃から、こういう部分に関してはかなりうんざりしていた。

別に日本の文化は全部朝鮮伝来だ、とかいう所だけじゃなく、世界最初の活版印刷機はグーテンベルクじゃなく朝鮮が発祥の地だとか、高麗青磁器はたいへん優れた技術で、日本の有田焼などは基本的にこの高麗青磁器の技術を元にしている(と、いうより秀吉の朝鮮出兵で朝鮮人の陶工を無理矢理引っ張ってきたんだけど)、とか。

まあ自慢したくなる気持ちは分からないでもないが、自分にしてみれば、例えそれが全て歴史的事実であり、「朝鮮文化はだから世界一だぁ!」とか言われても、正直言って白けてしまう。

別に文化に誇りを持つことはいい。自分も朝鮮の文化は素晴らしいと思っているし、数々の民楽や舞踊に美しい衣装、高麗青磁器の深い蒼の色合い、豊かな食文化を産み出した祖先の創造性に誇りを持っている。そういった素晴らしい文化の多くが豊臣秀吉の朝鮮出兵などの戦乱で焼き払われたことには強く憤りを感じている。

だからといって、別に比べることはあるまいに。

文化の先輩格が誰だとか、自分のとこはお隣より優れているとか、一体どんな基準で測定できるというのだろう?
そもそも、自分のとこの文化が、自分がそうやっているように他人から比較されたら一体どんな気分がするものだろうか。この記事のトラックバック元になっている朝鮮新報の記事、「朝鮮」のところを「日本」になおしたら(100%の確率で)この記事を書いた記者は怒ると思う。
だったら相手もそう思うと、それくらいの想像力を働かせてもいいだろう。

それに文化はまぎれもなく、民族性の大事な一部分を構成してはいるけれども、それが全てだと自分は思っていない。
民族性の価値というものが「グーテンベルクより早く活版印刷を開発したこと」に依拠しているなら、それが取っ払われたら民族性の価値が無くなってしまうだろう。
それはなんとも滑稽で脆弱な民族性ではないか。

自分は少なくとも、朝鮮民族の価値を「活版印刷技術をどれくらい早く開発したか」などということに決めて欲しくないし、ましてや「日本の文化の祖流になってやった」などという付加価値になど何の魅力も感じない。
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# by krj2005 | 2005-08-25 20:51 | 雑記

総選挙の予想。

自分が選挙に行けるわけではないし、自民党が勝っても民主党が勝ってもどちらでもいいので、気楽に選挙予想をしてみる。


多分、小泉自民党が圧勝する。


根拠は全くの勘で、他人に説得力を持って提示できるような理由はないです。

自分の勘働きのテスト、という意味合いを含め、せっかくだからなるべく選挙を楽しもう、という不謹慎な動機を持ってネット上に公開します。


今回の選挙は小泉自民党の圧勝。


うん、これで今回の選挙は少し面白くなった。予想の結果が楽しみだ。
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# by krj2005 | 2005-08-17 12:38 | 雑記

卑怯者。

日本が戦後重ねてきた謝罪にいくたびとなく言及し、それをもって日本の歴史に対する解決としようとする人間がいる。

だが、その過去の謝罪を持ち出す人間本人が歴史に対して罪悪感を持ち、謝罪してきたことがどれだけあるというのか。

日本政府が代表として謝罪したことについては、日本国籍を持ち自他共に日本人として帰属している人間ならば、例えその人物本人がどのような歴史観や思想の持ち主だとしても自らがその一部を構成している国家として謝罪したのだと言えるだろう。

その意味で私が最初に書いたことは正しくない。

だが、近年の歴史問題に対して日本の過去の謝罪に言及し、それをもって歴史の解決と使用とする人間は、日本にその謝罪をうながした内的な力となったことがあるのか。

私にはそうと思えない。むしろその「内的な力となった」人々を反日勢力というレッテルで排除する人々が多数ではないかという確信を禁じ得ない。

例え国籍やその他諸々の資格から、日本の謝罪を自分自身の謝罪であるかのように言うことが出来るとしても、いや何よりもそれゆえに、お前は卑怯者だ。

自分自身で日本の歴史問題の解決にほとんど動いたこともないくせに。

自国のなしたことに良心の呵責を感じ、その問題の解決のために動いた人々がなした成果を、さも自分自身のものであるかのように横からかっさらう卑怯者め。

村山談話を引用して中韓の批判に反撃しながら、その村山談話をもたらした国内の日本人自身による努力を反日勢力と切って捨てる卑怯者め。

私は、このような詭弁を弄する人物があげる、日本の歴史問題に対する「真摯な態度」など絶対に認めない。

私が韓国の歴史批判に対して、日本の謝罪や日本国内の歴史的反省に対する理解が少々(けっこうかも?)足りないのではないかという居心地の悪さを感じるのは、そのような人物が「過去の謝罪」をあげつらうからではない。

私の知る多くの人が、歴史の悲劇と日本の過ちに対して罪悪感と謝罪を表明するからだ。

私が自分の歴史問題で日本に対して怒りを抱くとき、それを抑える力となっているのは、多くの日本人が日本の過去の罪悪を罪悪と認めていることを体験として知っているからだ。

卑怯者め。卑怯者め。卑怯者め。

お前が何万回日本の過去の謝罪に言及し、それがどれだけの真摯な心からのものだったかを嬉々として分析して見せたところで、私の歴史に対する怒りに反省をうながさない。火に油をかけるだけだ。

そしてこの批判は、そのまま私自身にも当てはまるのだろう。
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# by krj2005 | 2005-08-03 18:30 | 国際情勢

もう少し詰めて考えてみたいこと、その壱。

「finalventの日記」さんで見かけた言葉に少し考えた。

>声高な声だけを掬わず、声なき人に訊いてみたことはあるだろうか。

その声なき声を掬った瞬間に、声高な声がこぼれおちるのだと、最近よく考える。
別に「finalventの日記」さんに限らず、どうも最近の社会には「声なき声」を掬いまくり、それでもって声高な声を相殺しようとする傾向がある。

自分のこの考えは、まったく何の根拠もない、感覚に等しいものだけども、最近あちこちの考えを見ていて、漠然とそう感じる。

マスコミなどの表層的な社会で「声高な声」ばかりを取り上げ、その他の声を圧殺してきた過去の時代には確かに問題があった。それは当時の時流に抑圧されてきた人たちばかりではなく、長期的には時流のメインストリームをなし、その他の意見を圧殺していた人たち自身にも大きなしっぺ返しをくらわせた。

だが、世の中がどれだけ今までとは違った価値観に染まってきた(例えば「右傾化」など)とは言っても、それはまだメインストリームの位置を占めていない(なる必要があるとも思わない。ただ、多様な意見が出てくるのはいいことだ。)。

何のかの言っても、世の中にはまだ「声なき声」を時に押しのけてきた昔ながらの少々左がかった「声高な声」が公には(あくまで公には)受け入れられている状況だ。

そのような状況の中で、声なき声を掬おうとする試みには確かに意味がある。

けれども、その試みのさらに裏に、「声なき声」を掬うことで「声高な声」を遠ざけようとする意識がかいま見えるのだ。

声高な声と全く同様に、声なき声は大事である。両者は意思の表現として全く等価値であり、ゆえに声なき声が声高な声に優先されることもない。掬うならば両方を救わなくてはならない。

まあ、掬うまでもなく勝手に響いてくるのが声高な声とも言えるのだけど。
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# by krj2005 | 2005-08-03 11:45 | 雑記

理想的なディフェンス

「テロには屈しない」、「テロリストは決して勝利しない」、「テロとの戦いを継続する」

威勢のいい言葉が世界を牽引するリーダー達(?)の口から吐き出され、テロに対抗するための法律が整備され、警戒度が上がり、テロの温床を軍隊が鎮圧し、自由と民主主義陣営は考え得るかぎり最高の防御態勢を強いている。

アフガニスタンへの徹底的な攻勢といいイラクへの圧倒的な軍事力行使といい、自由と民主主義を守るための戦いは見せ場が多い。

バスケの試合に例えて言えば、敵プレーヤーのシュートを叩き落とすド派手なブロックショットのようだ。

力強く、激しく、ギリギリで相手の攻撃をブロックするその爽快感。

話は変わるが、「Dear Boys」というバスケット漫画がある。
それなりに人気はあるのだが(あの名作スラムダンクと同時期から連載していて、現在も連載継続中)、雑誌媒体が月刊少年漫画ということもあり、メジャー一歩手前のマイナーという感がある。だけどけっこう面白い。

その漫画が載っている雑誌の最新号で、作中のバスケ雑誌の記者がこんなことを言っていた。

「ブロックショットは盛り上がるが、いいディフェンスとは言えない。理想的なディフェンスとは相手がシュートにはいるところまで持って行かせないこと、ディフェンスしているということすら分かりにくい段階できっちり攻撃をつぶすことだ。ブロックショットが目立つチームは、ディフェンスが穴だらけということを証明しているにすぎない」

非常に説得的だ。

9.11テロに対して断固たる姿勢を取り、テロの温床を叩きつぶしたディフェンスは、見かけの派手さほど素晴らしいわけではない。

最も理想的なテロとの戦いは、テロを起こさせず、テロの芽を事前につみ取り、テロが起ころうとしたことすら分からせず、そもそもテロが起こるような環境すら作らず、最終的にはテロとの戦いという概念すら無くすことを言う。

9.11テロやロンドン地下鉄同時爆破テロなどという攻撃をさせた時点で世界のリーダーは負けているのであり、それを防ぐことが出来なかった時点で世界のリーダーは失敗しているのであり、それに対して断固とした戦いを続けるなどと言う時点で世界のリーダーは追いつめられているのだ。

ブロックショットは自由と民主主義を守るための抜本的なディフェンスではない。理想的なディフェンスはディフェンスすら必要としない。

テロリストは勝利しないかもしれないが、世界のリーダーの勝利もまだ当分先の話だ。
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# by krj2005 | 2005-07-09 22:01 | 国際情勢

漠然と。





世の中の誰にもどこの国にも様々な事情があるのだろう。


ただ至極残念なことに、「事情がある」の一言ですまされない事情があまりにも多すぎる。
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# by krj2005 | 2005-05-27 16:54 | 雑記

ふと思う。








一人旅とは、一時的な死の経験だ。
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# by krj2005 | 2005-05-21 20:59 | 雑記